勝手でごめんね私の言い分。
| 音楽って何? | ハンデと個性 | 犬と猫 |
| リズムギタリスト | ドラム遊び | 私はファザコン? |
普段はあんまり言えないけれど、自分で思っちゃってることを、テーマにまとめて、結構まじめに書いてみました。
私は生まれてすぐに、左目の視力を失って、右目に関しても人よりちょっと不自由で、今でも更に悪くなりつつあるって言うのが現状です。
でも、悪かったのが耳でなくて本当によかったって本気で思ってしまうのです。音楽が聴けないって考えると,本当にぞっとしてしまうし、本当に音楽が聴けて「幸せ」だって感じてしまう程の音楽好きです。
私の座右の命は「音楽は世界を救う」です。 だって、この世の中にどれだけの音楽があふれてて、みんな音楽にどれだけ影響されてるだろう
? 難しいことなんて関係なく、いい音楽とかそういうことじゃなく、ただ人は音楽を聴いて心を動かされてる。 感動して「自分も何か変わらなくちゃ」って、事もある。でもそれだけじゃなくて、ただ日常「今日を今をがんばろうって生きよう」って思わせてしまう力が音楽にはあると思う。
それは、音楽を造ってる人が、どこにでもいる人間で、どこにでもある悩みを抱えて生きてるってこと思うのです。演奏家も作曲者も決して特別ではなくて、私なんかとぜんぜん変わらないおんなじ人間であって。音楽を聴くことも、演奏することも決して人を選ぶわけじゃないと思います。
そのときいいと思った音楽を、素敵だって思った音楽を、心を動かされた音楽を、素直に受け入れられればきっとそれが、音楽の幸せ。
私自分で楽器を触っていますが、決して才能があるほうではないと思います。 練習してる割には、あんまり上手にならないし。
でも、好きなんだからしようがない! 演奏しながら、練習しながら、いろんなことを学んでる。他のことじゃ、素直になれないことが、音楽を通してなら素直にうけいれられることも大ありなんです。
更に言ってしまうと、何かすごい感動することがあって、「私も何かがんばらなくっちゃ:」って思ったとき。「いま、私にできることは楽器の腕を上げること」って思って、ギターを抱えてしまうところが、もはや病気かもしれないです。
昨日聴いてたあの曲が、今日は心に響いてこないこともある。 大好きだったあの曲が嫌いになっちゃうときもある。
でも、この前までは何でもなかったあの曲が、急に素敵に心に響いてくることもある。 いつも聞いてる、あの大好きな曲が
今日は違って聴こえてくることもある。
どの音楽が正しいとか間違ってるとか、そんなことじゃなくて。
きっと人間は、そのときの自分の心と共鳴しあえる音楽を探して生きているんじゃないかな?というのが、今の私の考えです。
ハンデ‥つまり障害ってことについて書きたいと思います。いきなり「重っ」て感じだけれど、そんなこと言わずにちょっとおつきあい願います。
私の障害は、簡単にいうと視覚障害、つまり目が悪いです。 まったく見えないわけじゃないし、最近は少し見えずらくなったものの、普通教育をうけられる程度。あと視力が悪いってのと同時斜視っていって、「どこむいてるんだよ〜」って,そっぽ向いてるみたいに、視点が合いません。”ロンパリ”っていえばわかる世代もいるかな?「ロンドン見ながらパリみてる」って。
「斜視の女は魅力的なんだって」って友達にいったら「もうちょと目が大きかったらね」だって、失礼しちゃう.
それともうひとつがてんかん症。 私のは"遺伝性の難治性てんかん"といって、現在の医学では原因も不明で、投薬以外の治療法は見つかっていないそうです。小学校の高学年くらいから、痙攣発作がでて泡を吹いてたおれちゃったり、ぼーっとして,自分がどこにいて何をしているのかわからなくなったり。ものすごい吐き気におそわれたり。倒れちゃったりする以外にも、私の知らないところで、意識がなくなってしまうこともあるそうです。幼馴染や近所の人のきくと私は遊んでいる途中に「突然寝ちゃう子」だったんだそうです。
今は一日10錠の薬を飲んで、発作を抑えています。 てんかんはあまり理解されている病気ではないので、精神病や知的障害と同様に、差別や偏見が多いのも現状です。薬の副作用で体力がおちてしまうというのも、理由のひとつですが、29歳にして就職先にもだいぶ苦労しています。
でも、私が障害をもって生まれて一番苦しいことは、「病気そのもの」ではありません。そりゃ、ギター弾いてるのに、病気のせいで指が動きづらかったり、薬の副作用で苦しめられたり、目が見えなくなってることに不安を覚えたり。そういうことでやけになることもあります。「何で自分はこんなんなんだろう」ってなくこともあります。
でも一番苦しいのは周りから誤解されることなんです。偏見や差別っていうのが何より苦しいっていうのが本音です。
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私が未だ若いころ、病気っていう理由だけで会社を落とされて、やけになって少し後ろ向きに生きていた頃がありました。そのときにある人が「オトタケさんみたいに体に障害をもっていても、がんばって生きてる人はいる、あなたは甘えすぎてる」といわれたことがあります。
すっごく悔しかったです。オトタケさんは確かにすばらしい方です。精一杯努力をして、活きた結果が外に現れた方だったんでしょう。でも、みんながみんな、がんばった結果が表にでるわけじゃない。多少のやけになるぐらいは障害者健常者関係なくあることなのに、ある側面だけをみて、勝手に言われたことがすごくショックでした。
結果がでないからといって、障害者ががんばっていないわけじゃない。
うまれもった障害を受け入れて、一生懸命そして、前向きに人生すごそうとしている人もたくさんいるんです。
障害者はドラマや映画の中みたいに、いつもいつも一生懸命がんばって、笑顔で活きてなくちゃいけないみたいな。そんなことを勝手にいわれると、すごく苦しいです。
普通にだって、人間同士が分かり合うことも難しい。健常者だって世の中に大変じゃない人なんて、いないとおもう。みんなそれぞれいろんなもの抱えていきてる。障害者だけが苦しくて、健常者がそうじゃないとも思いません。
ただ‥世の中は、健常者の視点で作られている。そこから外れるって事がちょっと寂しいわけです。ちょっと不安なわけです。大多数の健常者が障害者を避けていきることはできても、私たち障害者はどうあっても健常者の流れと社会とともにいきていかなくちゃいけないんです。
だからおねがいします,もう少し私たちと仲良くしてみてください。残念がら、お金を差し上げるとか、名誉をさしあげるわけにはいきません。知らないこと、わからないことで戸惑うことも多いかもしれません。戸惑いながら失敗しながら、少しづつでもいいので歩み寄ってみてください。それだけで私たちは、元気になれます。活きるエネルギーになります。噂話や思い込みだけで、私たちを見ないでください。
よく泣いたって喚いたって物事解決するわけじゃないって言う人いるけど。私はそうは思わない。泣いてばっかりってのもよくないけど、無理を溜め込んでしまうと、やっぱり苦しい。 人間だもの、弱くたっていい、、悪い考えがよぎることもある。でも感情を押し殺して、いきたって仕方ない。物事は理屈じゃかたづかないとおもう。
音楽は人の心でできてる、人の思いをかなでてる。どんなに技術があってもテクニックがあっても、これがなきゃ音楽は死んでる。心は大事。
だからって、周りのことを考えずに自分勝手に振舞ってしまったら、それこそ世間の中では生きていけないから、社会性や思いやり、協調性。その心がけはもっているようにしています。私は障害をもって人生生きてきて、今素直にこうおもっています。
よく猫派とか犬派なんていうけれど、私はどちらも大好き。それぞれ言い分があるみたいなんだけどね。
私の知っている人で、猫と一緒にすんでいて、「猫が嫌い」っていう人がいるんです。「どうして」ってきいたら。「だって猫、自分のペースで活きすぎ」だって。何でも、眠っている時に「ご飯」や「出して」で起こされるのが、かなり嫌みたい。「泣けばご飯くれるって思い込んでることが怖い」っていうのだけど‥ そりゃ猫だって意思表示くらいしますよ。
そのくせ自分の気の向かないときはそっけないから、余計に嫌」
なんていうんです。犬を比べると「犬はかわいいよね、食べちゃいたいよね」なんて。 そりゃ私だって、犬をみてたらそういう風におもっちゃうけど、猫だっわかいいでしょ? あの気ままさがたまらなくかわいいわけだしって言うところが、私のいい分。
あの長いからだで「にゃー」て伸びちゃう姿とか.
大きな目で不思議そうに何か見てるときとか、ふわふわの布団の上で、気持ちよさそうに眠っちゃってる顔とか。警戒しながら、遠くでなにか狙ってる姿とか。 一心不乱に動いてるもの追っかけちゃってるすがたとか。自分の体にうずくまって、気持ちよさそうにしちゃってるところとか。 つらいときにちょっと慰めにきてくれちゃう猫とか。 ちょっと大きめなお知りをかがめて座ってる後ろ姿とか。 もう、大好き。
かわいくてたまりません。
ここまで書いておきながら、実は私は犬も大好き。 猫派にきくと「噛みつきそうだから」とか「ほえてうるさい」とか。
でも猫同様、私は素直でひたむきに生きてる所が大好き。なつかなくって、そっけないわんちゃんもいるし、時には噛み付いちゃうこだっているけど、でもそれは人間だって同じだし。尻尾振ってかけよられちゃったらやっぱりかわいいし。表情豊かに感情豊かにそだっちゃっててかわいい。
もうずっと前、小学校の時に、我が家にプードルの老犬がやってきました。我が家は当時あんまり裕福でもなくて、自由に、甘やかされずに育てるっていう家庭だったので。突然やってきた、高級わんこにあたふた。
前の家ではふかふかのクッションと、高級なごはんと、わがまま放題だったらしいのですが、我が家にきて生活が一転。「犬なんて味噌汁賭けご飯で十分」なんていう父のもと。興味本位だらけの4人の子供のおもりまでさせられて。 クッションなんて、使い古しのお座部。玄関の廊下にくくりつかられて生活してたプードルくんでした。子供にちょっかい出されてかみつた時には父親に「人間様にたてつくとは何事だ」ってはたかれちゃうし。それに、”ぼんっ きゅっ ぼんっ”で有名なプードルカットも、子供の床屋にさえお金をかけられない家。母親に坊ちゃん狩りにされてました。今思うと。もう、わんことしたら大変な生活だったと思います。
そんななかでも、プードルくんはプードル君なりのプライドを持ち続け ていたみたい。尻尾を振って「わんわん」ってなついてくるわけじゃなくても、私はプードル君大好きでした。自分らしくいきてた。そういう意味でかんがえると、私はやっぱり猫はなのかもしれない? だってプードル君猫っぽいし。
私は現在、ギタリストです。エレキギターをもって楽しく遊んでいます。
ところで皆さん、ギタリストっていったらどんなイメージですか?やっぱりステージの真ん中でスポットライトを浴びながら、ソロにはや弾きなんかしちゃってる感じ? でも私はそういうタイプではないのです。サイドギターと呼ばれるタイプで、リズムを主に弾いているので、人によっては「そんなことしか弾けないの?」なんて馬鹿にする人もいます。
大人さんはわかってくれるかな?シンプルなフレーズに命かけてます。他のパートさんのバックで、楽曲にちょっと隠し味をしようっていう。これで結構難しいのです。これで結構楽しいのです。バンドで演奏してるときの一体感がたまらないです。でもなかなかそんなことわかってくれる人少ないかなって。
リードギターはそれはそれで、否定しないし、かっこいいギタリストさんたくさんいるけれど。 そうね、私はそういうギターを弾くのが向いているんだと思います。
小さい頃ピアノをやっていました。
吹奏楽部でチューバを吹いていました。
パーカッションになることをを薦められました。
バンドをはじめたばかりの頃はベーシストでした。
ドラマーが大好きです。ドラマーさんには好かれるほうです。
なんてかいてみたら、わかってくれる人はわかってくれるかもしれないです。 それでもまだまだお勉強中。 かっこいいリズムが刻めるように、グルーブ感なんて言葉を出すにはまだ、おこがましいけれど。 素敵なリズムがぎざめるように、いつかわかってもらえるギタリストになれるように。そんなことを夢見ながらギターを弾いています。
割と簡単なフレーズだけれど、集中力と鍛錬とリズムトレーニングは大事だなって思います。
でも一番大事なのは心だよね。 自分の気持ちにうそついて楽器さわったら、やっぱりいいギター弾けない。
私はドラマーさんが大好き。本当はドラマーになりたかったってくらい。
小学校2年生くらいの時「ポニーテールは振り向かない」てドラマで、伊藤かずえが、スティック振り回してドラムたたいてたのを見たのがきっかけ。当時はドラムセットは見たことがなし、クラシック畑で育った私には、バンドって概念がわからなくて、あのドラムセットが不思議で仕方がなかった。
ある日ドラマのワンシーンで伊藤かずえが、ドラムではなくて横柱をたたいて練習をしているのをみて「あぁドラムっていうのは、音程のないピアノなんだ」って子供なりに認識したのを覚えています。
私はドラマーではないので、専門的なことに口はだせないけれど( ‥逆に専門じゃないから、好き勝手いるのかな?) ドラマーさんにもいろんな人がいて、それぞれいろんな個性があって。
よくドラムは「リズム感やリズムキープ」みたいな、「メトロノーム的」なことを言われるけれど。私が好きなのは、そういうことじゃないのです。
バンドで演奏をするとき、メロディー隊じゃなくて、実はドラムがバンドまわしてるんじゃないかって位に私は思ってしますのです。
一定のビートを刻みながらも、ドラムセットっていう、音程のない限られた範囲のなかで、いろんなパーツの音を使い分けて、音楽を表現しようとしているのをきいていると。やっぱりドラムもメロディー奏でてるんじゃないかって、本気で感じてしまうのです。 しかもドラムさんにとってはリズム感があるってことは前提だから、基礎って言う概念は他のパートをはるかに上回っているから,演奏もしっかりしている人が多い。 ドラマーさんで作曲ができる人って結構いるし。 それでも、それを表に出さないところがまた謙虚だったりして。
ギタリストのなのに、ギタリストを敵に回しそうな内容になっちゃってごめんなさい。 でもそんなHPだから、許してください。
うーん、もしかすると、私がギターを弾くときは、ドラマーになった感覚で弾いてるのかもしれないです。
それともうひとつが、ドラムが歌ってるって表現。 楽器をやってる人なら「歌っている」といえばわかってくれる人もたくさんいると思います。 楽器が歌っている‥ JAZZドラマーを聴くとわかりやすいかな? ロックでいうと、RED ZEPPERIN や KISS のドラマーさんが入りやすいかも? ドラムさんだけでも十分聴いていられます。 うまいって言うんじゃなくて‥ ドラマーさんがメロディーに乗せて、語りかけてるみたいなんです。ドラムなのに。
カラオケにいったら、誰でもやっぱり感情がはいって、、いろんな歌い方をするでしょう? それがドラムでもっておなじようにするんです。
そのために、技術やテクニックが必要になってくるんじゃないかな? 難しいことができることをアピールするためじゃなくて、 こんな風に奏でたいっていう思いが、その時々に必要なテクニックの習得につながっていっているのだとおもいました。
ドラムは最終的には「音」の集合体だから、ひとつひとつの音もすごく大事にする人が多いです。ギターやベースみたいに、いつでもドラムセットがたたけるわけじゃないから、スタジオに入れば、その時間を大事にするし、家でできる練習は、やっぱり「音」を感じる練習が多くなるから。それをかんがえると、ドラマさんは本当に音楽が好きな人がおおいんだとおもってしまいます。「たんっ」って響いてくるその一音一音が、言葉のように心地よく響いてくる。そんな感じかたもできてしまう、素敵なドラマーさんがたくさんいます。
あぁ私って、つくづく悪いギタリスト。 ギターはギターで好きだし。いいか?
でも‥ドラマーさんもこれ読んで怒るかもしれない。
勝手でごめんね私の言い分